……今日は、なんだか疲れが抜けきれていないようだ。すまない、あとは任せてもよろしいかな
も、勿論です
ありがとう。戻る、といってもダニー殿の家だが、俺は失礼するよ
ぱちん、と剣を鞘に戻したケイは、ダニーに背を向けてきた道を引き返し始めた。
(……正直、残りの武具やら装飾品やらも勿体ないが、換金する時間の方が惜しい)
ダニーたちの話によれば、近いうち、具体的にはあと一週間ほどで、行商人たちが村にやってくる。
そのときに武具やら装飾品などを売り払い、盗賊たちから奪った品を現金に換えるか、あるいは諸々の物資と物々交換するのがケイにとっては理想的だったのだが、敵を逃がしたとなればそうも言っていられなくなった。
相手は、地方一帯に名を轟かせるような盗賊団だ。昨夜戦った連中の腕前からして、あれが本隊ということもあるまい。おそらくはせいぜいが一部隊。
となれば―かなりの確率で、報復の攻撃があるはず。
(装飾品も……指輪がヤバそうだしな)
持ち運びが楽な装飾品類は持っていくのもアリだったが、盗賊たちがはめていた指輪のうち、妙に画一的なデザインのものがあったことが気にかかる。
(仮に、アレが盗賊団の印的な指輪だったら、持ってるだけで逆に俺の方が 追跡 を喰らう可能性もあるしな……)
ある程度大きな武装集団ともなると、魔術師の一人や二人がいてもおかしくない。
かといって、 その妙に似た感じの指輪以外の装飾品だけ貰うわ というのは、いかにも怪しい。よって、装飾品類は全てダニーたちに譲った方が自然だった。
(……まあいい、銀貨全部と長剣だけでも悪くない収入だ)
あとは。
(アイリーンが本調子に戻り次第、村を出よう)
右手に握る剣の鞘に、ぎり、と力がこもる。
明るかった森が、黄昏の中で鬱蒼と暗く染まっていく。
ケイは、なんとも言えない胸騒ぎを抱えたまま、急ぎ足でアイリーンの待つ家へと戻っていった。
作中でようやく24時間が経過しました。
皆様の感想を、お待ちしております。
14. 狩人
さぁぁぁ、と。
広がりのある葉擦れの音が、風に運ばれてくる。
草原。地平線の果てまで続く、緑の大地。
抜けるような青空に、ひつじ雲がふわふわと漂う。
(……平和だな)
サスケに跨り、ぐるりと周囲を一望したケイは、漠然とそう思った。
目に優しい、心休まる風景―といってもよい。
しかし胸の奥。燻り続ける、焦りに似た何か。
とぐろを巻く陰鬱な感情が、ちくちくと胸を刺す。
爽やかな風が吹き抜けても、尚(なお)。
ケイの心は、晴れなかった。
―と。
視界の果て。
茶色の小さな影が、草むらでもぞもぞとうごめく。
……見つけた
またか。……早いな
ケイの呟きに、隣で轡を並べていたマンデルが、呆れの表情を作った。彼の跨る村の駄馬の鞍には、血抜きを済ませた兎が何羽も括りつけられている。どこか乾いた笑みを浮かべるマンデルをよそに、ケイは足でぽんとサスケの腹を蹴り、弓に矢をつがえた。
ぱっかぱっかと、緩やかに前進を始めた馬上。しっかりと狙いを定めたケイは、ぎりぎりと弦を引き絞る。
快音。
突如として響き渡った鋭い音に、耳を立てた兎が草むらからひょっこりと顔を出し、何事かと周囲を見回した。そこへ、勢いよく銀色の光が突き刺さる。
キュィッ、と短い悲鳴を上げて矢の餌食となった兎の、周囲にいた仲間たちが文字通り脱兎のごとく逃げ出した。
仕留めた
風が吹いてるんだぞ。……よくもまぁ、あの距離でやれる
何気ないケイの報告に、額を押さえたマンデルの言葉はもはや嘆きに近い。二人揃って馬を進ませ、後足で空を蹴るようにしてもがいていた兎を拾い上げた。
悪いな
胴体に刺さっていた矢を引っこ抜き、血を払い飛ばしながらケイ。すかさずマンデルが横からナイフを差し出して、その兎の首を掻き切った。
ぴちゃぴちゃばしゃ、と緑の大地にこぼれ落ちる赤い液体を眺めながら、ケイは自分の手の中で、小さな命が暖かみを失っていくのを感じる。
……さて。こんなとこか
そうだな。……そろそろ、村に戻ったほうがいい
ケイから受け取った兎を鞍に括りつけながら、マンデルが草原を見渡して言った。
盗賊たちの剥ぎ取りに向かった、その翌朝。
本来ならば、すでに村を逃げ去っていたはずの、ケイは。
何故か―草原で、兎狩りをしていた。
†††
昨夜のこと。
盗賊を逃したことを悟ったケイは、アイリーンにああ言おう、こう言おうと考えを巡らせながら、村長の家に引き返していた。
おいアイリーン、話が―
ばん、とノックもせずに扉を開け、居間に入ったケイの目に飛び込んできたのは、しかし、
おねーちゃん、あ~ん
ん~ん、これ美味いな!
これこれジェシカ、こぼれとるぞ
アイリーン様、お代りはありますので、遠慮なさらず食べてくださいね
お、ありがと!
ジェシカを膝に乗せて、夕食を食べさせて貰っているアイリーンに、孫好きのひとりの祖父の顔になったベネット、そしてそんな三人を慈しむように見つめるシンシアの姿だった。
テーブルを囲んだ、まるで家族のように、和気藹々とした団らんの光景―。
あ、ケイ! おかえり!
口の端にパン屑をくっつけた、アイリーンの無邪気な笑顔を見て、ケイは、何も言えなくなってしまった。
お帰りなさい。ケイ様も、いかがですか。ご夕食はまだでしたでしょう
あ、ああ……ありがとう
シンシアに促されるままに、ケイもまたアイリーンの真向かいの席に着く。隣に座るベネットが、目ざとくケイの腰の長剣に気付いたが、そのまま何も言わずにつっと目を逸らした。愛しの孫娘の前では、計算高い村長ではなく、ひとりの祖父のままでいたいらしい。
(……まあ、どうせこの状況じゃ話も切り出せないしな)
とりあえず大人しく夕食を頂こうか、とケイは肩の強張りを自覚して、小さく息をついた。
どうぞ。お口に合えばよいのですが
ケイ、シンシアさんのスープ美味しいぞ!
野菜スープや堅パン、火で炙った塩漬けの豚肉。それらの皿を並べたシンシアが、どうぞ、とにこやかに語りかけてくる。シンプルながらも栄養バランスの良さそうなメニュー。かぐわしい香りが鼻腔を刺激する。
しかしそれらを前にしても、食欲は全く、湧かなかった。
食わねば失礼、というよりも、食えるうちに食っておけ、という精神で、ほとんど味も分からぬままに、ケイは無理やり食事を詰め込んだ。
手早く食器を片付けたシンシアが、ジェシカをクローネンの元に送り届けるため家を出たので、ケイとアイリーン、それにベネットの三人だけが居間に残される。
村長、盗賊たちの物資についてだが、この剣と銀貨は俺が貰い受ける。その代わり、残りのものは全て、そちらにお任せすることにした
ほぉ……それは、それは
ケイの申し出に、意外そうな顔をしたベネットは、 ありがたい話ですのぉ と呟きつつもゆっくりと髭を撫でつける。その目には喜色というよりもむしろ、猜疑の色。なぜそこまで都合のよい申し出を? とケイの話の裏を読み取ろうとするかのように。
―この村の人々の御蔭で、俺達は随分と救われた。その礼と考えれば、これでも安いくらいだ
大袈裟すぎない程度に愛想笑いを張り付けて、ケイは歯の浮くような台詞を口にした。だが嘘はついていない。『命の値段に比べれば安すぎる』という一点において、皮肉にも、それは偽らざる本心だった。
……勿体ないお言葉ですじゃ
一応、ケイの善意によるものと解釈したのか、納得した様子でベネットは頷いた。
いやちょっと待てよケイ、でも剣と銀貨だけじゃ少なすぎないか?
そこで、横から口を挟んだのはアイリーンだ。
鎧とか、かさばるヤツはいらないと思うんだけどさ。矢とか生活物資とか、そこらへんのは貰っといた方がいいんじゃね?
…………
矢は、遺品回収の際にこっそりと質のいい物を選りすぐって補給はしていたが、生活物資に関してはその通りだった。
ぱちぱちと目を瞬いたケイが、困り顔でベネットを見やると、老獪な村長は思わずといった様子でくつくつと喉で笑う。
いやはや。そちらのお嬢様の方がしっかりとなされておりますな、ケイ殿
……うぅむ
しかしながら、お気持ちは分かり申した。代わりと言っては何ですがの、生活物資に関しては、こちらで工面しておきましょうぞ
……ありがたい
素直に、頭を下げる。ケイとしては、 剣と銀貨だけは頂戴いたす! とドヤ顔で言ってのけた直後だけに、地味に恥ずかしかったが仕方がない。
むっすりとした表情のケイが可笑しかったのか、アイリーンがからからと笑い始め、それに同調するようにして、ベネットも厭らしさのない含み笑いを洩らす。
笑いの波が引いたあと、そこには、静かな沈黙が訪れた。
……どうすっかなぁ、この後
ぽつりと、テーブルに頬杖をついたアイリーンが、小さく呟く。
それについてなんだが、アイリーン
その話題を待っていたと言わんばかりに、身を乗り出すケイ。
ウルヴァーンに行こうと思うんだ
……えっ、ウルヴァーンって存在すんの!?
思わず声を上げたアイリーンが、ベネットを見やって あ と自分の口を押さえる。ベネットはぴくりと眉を動かした以外は、特に反応を見せなかった。 存在する という言い方は、『こちら』の世界の住人には、少々妙な発言だったかもしれない。
村長。申し訳ないのだが、今一度、地図を見せて頂けないだろうか
よろしいですとも
ベネットに地図を取ってきてもらい、アイリーンに見せる。“タアフの村”、“城塞都市ウルヴァーン”、“港湾都市キテネ”などの位置情報を説明しつつ、それとなく『こちら』の地形がゲーム比10倍の広さになっていることなども伝えた。
へぇ……
指先で唇を撫でながら、興味深げに地図に見入るアイリーン。
俺としては、早ければ明日の朝にでも、ウルヴァーンに向かって出発したいと思うんだが。どうだ、アイリーン
興味をそそることには成功した。このまま押せば、アイリーンには事実を伏せたまま、村を早く出れるのではないか。
そう思ったケイだが、期待は裏切られる。
……ごめん、ケイ。実は、ちょっとな、
申し訳なさそうに、歯切れの悪いアイリーン。
―なんかさ、体に力が入らないんだよ
その言葉に、ケイは固まった。
結論から言うと、ケイたちはあと一、二日、村に留まることとなった。
原因は、アイリーンの体調不良だ。体に痛みもなく、意識もはっきりとしているアイリーンだが、毒の後遺症なのか、体力が回復しきっていないのか、酷く体が重く疲れやすい状態が続いているらしい。
出来れば、もうちょっと休んでからにしたい。このままじゃ、あんまりにも、ケイの足手まといだ……
そうか……
寝室でベッドに横たわり、表情に影を落とすアイリーン。
薄暗い部屋の中。アイリーンと二人きりになったケイは、迷う。
リビングから寝室にまで移動するのにも、アイリーンは壁に手をついて、ふらふらと力なく歩いていた。成る程これは重症だ、とひと目で分かる頼りなさ。現状、数歩も歩けばフラついてしまうアイリーンは、身体能力において一般人以下の状態といえる。ともすれば幼女(ジェシカ)とすらいい勝負だろう。
ケイは考える。サスケに二人乗りして移動する予定だったが、万が一、何者かと戦闘状態に陥った際は、アイリーンが自力で動けなければ困ったことになる。戦え、とまでは言わないが、少なくとも、逃げたり隠れたりできる程度には。
このままの状態で外へ連れ出すのは、少々リスクが高い。
勿論、村に留まったまま盗賊の逆襲を受けるくらいならば、逃げ出した方がまだマシではあるが。少なくとも幾ばくかの休養は必須。
(明日発つのは、どちらにせよ厳しい、か)
ふぅ、と一息ついたケイは、考えをまとめた。
―そう、だな
顔を上げ、朗らかな笑みを浮かべる。
まあ、ここ一日二日くらいは、様子を見ようか。丸一日寝込んでたから、体が弱ってるんだろう。ひょっとしたら、ポーションの副作用かもしれないし、ゆっくり食っちゃ寝してれば、すぐに良くなるさ
お、おう
唐突に、やたらポジティブなことを言い出したケイに、しばしアイリーンは目をぱちくりとさせたが、
……まあ、そうだよな! ゆっくり休んで、とっとと治しちまおう! よし、となればオレは寝るぜ、ケイ!
にひひ、と調子を合わせて笑顔になり、掛け布団を顔までずり上げた。
―今は、盗賊の件は、伏せておく。
ケイは、そう決めた。